今回泊まった宿のひとつ、南城市の高台にぽつんと佇む小さな宿「海坐」
海を見下ろし、がじゅまるの森に囲まれ、そして美味しいと聞いた朝ごはんを楽しみに本館に泊まった。
ずいぶん沖縄に来てるけど台風どころか大雨にもあたらない、晴れを「持ってる」私。到着した日は大雨だったけど、読谷では晴れが続き、やっぱり「持ってる」と自信満々に今回の旅がスタート。
ところが、北部に移動すると天気は一転。メインの日に限って北部にだけ雨雲がいる。私が南部に移動すれば北部は晴れ、今度は南部に雨雲がやってくる。たった一泊なのに警報レベルの雨と雷だった。
様子がおかしい。
夜中に雷で目が覚め、窓からは稲光が見えた。近くに落ちたんじゃない?
夕立が多い土地で育ったから雷で「キャー」となることはないんだけれど、携帯の緊急速報の音にはさすがにビクっとなった。
警報レベルの大雨の中、不謹慎かもしれないけど。
雨にぬれる樹々を見ていたら、生命力のようなものを感じ、しかも美しいとさえ思ってしまった。「時間の流れを感じるって時々聞くけどこういうことか」と落ちてく雨に時間の流れを感じたり、周りが止まって自分の内側でゆっくり動いてるような。ジブリの世界ってこんな感じなんだろうか?
この3月4月は、おかしなことが多かった。しっくりこない、すんなり事が進まない、そんなことある!?それはないんじゃない?怒りよりな出来事が続き、少し左の脳には休んでもらおうと思っていた。
「そういう時もあるよね」いつもならそんな風に軽く思える出来事も(いや、今回は度を超えてきた)こうも続くとそれも難しい。ポキっと折れるかも敗北宣言してしまいそう。
さらに、沖縄の晴れを「持ってる」はずなのにこの天気。そして、最後にやってきたのは「住んでいてもあまりないくらい」と宿の方がいうほどの雷と雨。そんなにすごいのか、ある意味レアですねと受け入れる。
「こんな風に暮らしたい」に向かっているはずなのに、中途半端な自分を強く感じている毎日。そんな話を友人にしたら「今日は旧暦の3月3日だから、日が落ちる前に海に入ってきな!」と言われ即海へ(笑)スイミーを思い出す雲を見て、「あえて中途半端の自分選びます」と開き直ってみたりして。
さてチェックアウト。海坐周辺を雨雲レーダーをチェックするとしばらく真っ赤。声も消すほどの雨音と大きい雨粒に、帰らないでと言われてるのかもねー、そんなお気楽なことすらよぎらない警報レベルの雨とゴロゴロ雷だった。
空港に向かっているとやっと明るくなってきた。先にチェックインして国際通りをふらつくことも考えたけど、行こうと思ったお店も休みだし、気が乗らず空港で地ビール飲んでまったり過ごす。
海坐別邸には「亢竜(こうりゅう)」という作品が飾ってあるという。
「亢竜」とは感謝の心を天へと運ぶ竜神。
何百年も生きた鯉は、雷が落ちると池から飛び上がり竜の姿に変化しながら天へ昇っていくとされる。
天には階層があり、一つ一つの層を潜り抜けることで鯉から竜になり、亢竜となりのぼりつめるらしい。
目の前に混在してる課題や困難も、ブレない志で乗り越えられる。
なりたい自分の姿を想像し、一歩一歩前へ進む姿勢が人生という道となる。
そんなことが海坐のブログに書いてあった。
たった一泊というタイミングであの場所で稲光を見たこと、これはもしや…?晴れよりラッキーだったのかもしれないな。
こんな風に暮らしたい。
こんな人生を送りたい。
そんな時間を過ごしてるってどんな感覚なんだろう。
楽しさばかりを欲しがって、より良くあろうとこだわって。一つ一つの層を潜り抜けることより、急いでのぼりつめることばかり考えていたのかも。
晴れもいいけど、雨もいい。中途半端な曇りもありよね。
なりたい姿を想像し、私の喜怒哀楽と衣食住=人生の中で暮らしていきたい。
そんな夢を身体のどこかに引っかけて、家族にご飯を作り、お客様と笑っていこうと思うのでR。
オキナワさま、そんなこんなで6月もどうぞよろしくです。